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幾原邦彦監督講義『僕はこんな作品を見てきた。 ’80年代 バブルの喧噪と昭和の終わり』を聞いてきました

講義内容の書き起こしについては
自分用に起こしたものもありますが、
詳しく書かれているブログ(クマリアのかけらさん)が
既にありますので、そちらにお譲りします。

私は4月の第一回講義は受けていませんが、
今回の受講にあたり、こちらのブログの
記事を読んで予習しました。 前編 後編

幾原邦彦監督が観てきた「万博から世紀末まで」は、
大まかに言うと次のような流れです。
 '60年代:学生運動
 '70年代:反体制
 '80年代:ポストモダン(連帯性の喪失)

(世紀末までというと一般的には'90を含みますが、
 「働き始めてからは忙しく、作品の材料としての
  インプットが主だった」とのことでしたので、割愛)

この『ポストモダン』が特に印象的でした。
'60~'70年代は学生運動、反体制と
何らかのムーブメントがあり、
それに基づく連帯が形成されていたわけですが、
'80年代にはそういった「逃れられない流れ」がなく、
若者同士の連帯を形成しにくい、ということです。

この「流れがない流れ」は'80年代に限ったことではなく、
今、この2010年代に至るまで、
ずっと続いているように感じます。

本当の意味で若者達を繋ぐような
ムーブメントが、今、存在するかと考えると。
うん、何だろうな。ピンと来ないな、と。

私たちは、繋がりたくないわけではない。
むしろ、繋がりたい。しかし、繋がれない。
幸か不幸か、土壌の養分は消費され尽くしてしまっていて、
土を蘇らせるところから始めなければならない。

時代背景を調べていくと
その明確にして決定的な理由を探れる気もしますが、
私にとっては「思うように繋がれない」事実が大事なので、
いったん調査を保留しています。

おそらく、情報科学の発展に伴って
良くも悪くも多様性が認められることとなり、
自由を獲得したというか、意識が拡散したというか……
なんだかそんな雰囲気を感じています。

閑話休題。ポストモダンのお話ですが、
「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」や
「その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ」といった
幾原作品におけるキャッチコピー(およびセリフ)が
妙に刺さるのは、「時代背景がないという時代背景」を
共有できていることなのかなぁ、と感じました。

(運動によって)本来燃やすべきだった若い情動を
どこにも向けられず、いつの間にか若さを喪失してしまう。
この仕組み、何だかこどもブロイラーだな、と思いました。
連帯できない、つまり互いの存在を認識できない私たちは、
存在していながら認識されない、つまり透明になってしまう。

透明になった私達によるインターネッツバッシングは
まさに透明な嵐。異物はハイジョ。

その悲しい現状を変えるために、
私たちは何によって繋がるべきか。

そして私たちを本当の意味で繋げるために
私たちが出来ることは、いったい何なのか。
これは間違いなく、現代の課題だと感じます。

……『輪るピングドラム』と『ユリ熊嵐』を
また観たくなりました。うん、年末年始あたり観よう。
『少女革命ウテナ』も一周しか観られていないので、
Bly-rayボックスを買って何回か観返したいなぁ……


終わりや終わり! 終了!!

書いた人: 久世うりう (kuzeuriu) お問い合わせ


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