またお目にかかれる日まで

■先づは始めに

 先づ、私が書き記さうとすること、その経緯について、触れておこうと思ひます。
 私は、S様を愛慕しております。華々しく、麗しく、思慮深く、少しく夢想を好まれるS様は、女学校での妹として、私を選ばれました。恐縮に思ひながらも、S様と時を分かち合うにつれ、私の内奥において、熱く、甘く、苦く、明るく、安寧のやうでありながらも、どこか痛いやうな、えも言われぬやうな気持ちが、生じてきたので御座います。
 私は、S様の妹となるまで、色として喩えるならば灰色のやうな――否、それは無彩色であり、色のないとも言えるのですが、ともかく――空虚な生を過ごして参りました。私の生はS様によって色づき、S様によつて実感となったのです。さう、総ては、S様なのです。
 このやうな気持ちを、憚ることなく口に出しては、S様や、否、S様に限らず誰でも、私への愛想を尽かしてしまうに相違ないので、手記として書き記し、封ずることを願うのであります。

■灰色の生

 さて、私の生について、『灰色』と初めに記しましたが、そもそも『人生』と云ふものは、一体、何を指すものでせうか。私は、日々の暮らしぶりと、そこから感ずる心持ちこそが、延いては『人生』と呼べるのではないかと、考えております。空腹を感じ、飯を食べる。その飯が美味しかつたと、嬉しく感ずるのであれば、それだけで、『人生』は豊かであると言へるのです。
 しかしながら、S様にお会いするまでの私は、『灰色』で御座いました。晴れ間のない、しかして雨の降ることもない曇り空のやうな、生きてゐると言ふには足りず、さりとて死んでゐるとも言ひ切れぬ、全くの『灰色』で御座います。
 花を育て、それを美しいと感ずるのは、共感であり、交流であります。私達が、花が持つ美しさを認め、花の在るが儘を受け入れるからこそ、花もまた私達を認め、その美しさを発揮するので御座います。家庭においても、学校においても、誰をも認識せず、誰からも認識されることのない、その空虚こそが、私にとつての日常であり、『灰色』とも言ふべき無彩色なのでありますが、曇っていたのは空ではなく、私の目だったのです。
 そんな有様ですので、女学校へと進学しても、私の『灰色』は変わらないものであると、やはり傍若無人に、不遜にも、嘆息して居たのです。

■S様

 しかしながら、女学校での日常は、私の予見とは、まるで違うものとなりました。
 事実、入学から間もない頃には、予見していた通りの、灰色の日々で御座いました。私は他の誰をも人間として認識せず、私が他から人間として認識されることもない、幽霊のやうな存在。かつてと変わらない日々が、其処に在りました。
 変化の契機と云へば、私としては予測も出来ない、S様の来訪で御座いました。
 私の女学校には、上級生と下級生とで擬似的な姉妹関係を結ぶ、といった文化が御座います。シスタア、のイニシアルを取り、エス、などと呼ばれることがあります。
 S様が私の学級へと訪れたのは、正にそのエスのためであり、S様が名指されたのが、私で御座いました。
 私と同級の者が、S様の言を聞ひて、驚くやうな表情を浮かべた後に、私を呼び、取り次ぎました。今にして思うと、事実、驚いていたのでせう。
「私に何か、御用でせうか?」
 私が内心の動揺を、いえ、怯えと云ふべき震えを抑えながらも問いかけると、S様は優しげに笑みながら、言ったのです。
「君を私の、妹のやうに可愛がりたい」
 他との関わりがなかったにせよ、同級の者の噂は耳に入りますから、さう云った、エスと呼ばれる関係を結びたい、ということなのだと、わかりはしました。
 とはいえ、灰色の日々を送って参りましたので、にわかには実感し難く、思はず、尋ねてしまいました。
「きっと、人違いでは御座いませんか?」
「だうしてそのやうに思うのかな」
「貴女様は、長い黒髪をなびかせて、優美にして洗練された様子で、泰然とされています。そのやうに素敵な方が、路傍の石のやうに見向きもされない私を可愛がるなど、想像もできません」
「ああ、ああ、だうか、そのやうに自らを軽んじないでおくれ。私は間違いなく、入学の式典で見掛けた君を見初めて、ここにゐるのだから」
 悲しむ素振りを見せたのち、S様は、制服のポケットから、橙色のリボンを取り出しました。
「だうか、このリボンを結んでほしい。私が君の姉となったなら、私は君から笑顔を絶やさないと誓おう」
 私にとって、笑顔は縁遠いものでした。人は関わる相手がいればこそ笑むのであり、私には、その相手がいなかったのですから。
 素直に言えば、私は自信が持てず、つまりS様と自分とが釣り合うとは到底思えなかったのですが、S様の笑顔に惹かれ、私はリボンを自分の髪へと結びつけました。
 その様子を見て、S様は心底嬉しさうに笑みました。さうして、私は初めて、S様の名前を耳にしました。
「ありがとう。君の名前は、Sだね。私の名前も、実は、Sなんだ」
 エスの関係を結びにきた上級生は、私と同じ響きの、Sの名前を持っていたのです。

■変革

 初めこそ、半信半疑、といった面持ちでいたS様との関係で御座いますが、実際に姉妹として過ごし始めますと、私の日常というものは、目眩くほどに変わっていきました。
 S様の朗らかな人柄に感化されたのか、だうやら私自身も幾分か明るい表情となったやうであり、級内での友人が、少しずつではありますが、不思議と、出来ていくやうになりました。
 また、家族との会話も増え、何をするにあたっても、その顛末を話せる相手がおりますので、日々におけるいずれの活動においても、張り合いというものを感じられるやうになりました。
 眩しいほどの憧れであり、自分とは見合わない、決して届かぬ星々のやうに思っていたS様へと、僅かにではありますが、近づいてゐるやうな心地さえ感じました。
 灰色の日常に、少しずつ、色彩が備わっていったので御座います。

■蜜月

 このやうな色づきを迎えた私で御座いますが、もちろん、S様との関係も、密やかに続いておりました。
 私とS様は、放課の後に、図書室で待ち合わせます。本棚の合間を抜けた奥、窓際の、風になびくカアテンを仰ぐ席にて、私達は勉学に励みます。湿り気混じりの暑さにおいても爽やかな、風通しのよい席で御座いました。
 私達は学徒ですので、授業の復習や予習をいたしますし、宿題があれば、そちらもこなします。
 わからない点があればS様に尋ね、教示いただくのですが、S様の教え方は見事で、何気ない端々の言葉選びにまで気を配り、私の理解を確かめながら、丁寧に進めてくださいます。
 こうして指導いただくとき、エスとなった私に生じた変化が、やはりS様の細やかな心配りによるものであることを実感いたします。
 憧れのS様へと近づいてゐる、ということは、平たく云えば成長してゐる、ということでありますが、S様もまた日毎に成長されておりますので、輝きは日々ますます増していき、憧れの気持ちは鎮まることが無いので御座います。
 S様には遠く敵わないと感じるとともに、並んで歩めるやう努力をしやうと、一層の励みとなるので御座います。
 勉強をおおよそ済ませますと、私達は、どちらともなく、指先を触れ合います。互いの体温を感じ、柔肌の弾力を確かめ、姉妹が共にゐることを実感いたします。手指は次第に、くすぐるやうにしながら絡まっていき、手のひらと手のひらとが合わさります。さうする頃には、私とS様は見つめ合い、鏡合わせのやうな風体で、ただ、じいと、さうしてゐるのです。
 内に秘める情熱や、心臓の高鳴りさえも伝わってしまいさうで、恥ずかしく、頬も耳も熱くなってしまいます。こういったとき、S様は余裕綽々といった表情をされるのですが、同時に、お顔を赤らめてもいらっしゃるので、ああ、格好が良い上に可愛いというのは、何とも憎い、と思ひながら、よりしっかりと、指を絡ませるのでした。

■情勢不安

 さて、このやうにして、私達は女学校の中で睦まじく仲を深めておりましたが、学外に目を向けると、世の情勢というものは、不安に翳るばかりでありました。
 我が国は、先の大戦ののち、一時的には好況となりましたが、波が揺り戻すかのやうに、大きな金融恐慌が生じました。そのとき、農家においては、豊作でありながら、飢饉のやうに減収したといいます。加えて、翌年には、一転して大凶作となり、貧困に喘ぐ家では、娘の身売りさえあったと聞きます。
 戦中ではないにせよ、戦乱による混沌の最中に、私達は居ります。今は女学校で、二人で一緒に居られても、世界によって、いつ引き裂かれてしまうともわからない。さういつた不安が、日々互いの存在を確かめ、より親密で在らうとする気持ちを後押ししてゐることについては、それが総てではないにしても、否定しやうもない、現実なのでした。

■過ち

 葉が夕焼けのやうに赤くなり、日毎に地へ落ちてゆく或る日のこと、私は、さういった不安を、S様へと、素直に打ち明けました。
「ああ、君の不安は、とても正しい。感じるべき、そして拭へない不安だと、私も思ふよ」
 S様は、静かに、私を抱き締めてくださいました。鼻腔の奥までくすぐるS様の香りと、引き締まりつつも柔らかな腕に包まれ、私は、幸せな心地になりました。しかし、S様に顔を埋めてゐては満足に返事が出来ませんので、惜しみながらも顔を上げて、S様へ答へます。
「漠然としてゐて、一人では如何しようも無いことなので、口に出すことを憚りましたが……やはり、不安です」
 S様は深く憐れみ、そして慈しむような表情を浮かべて、たおやかな指先を、私の顎へと宛てがいました。さうして持ち上げられた私の顔へと、S様の顔が近づいてくる様子は、これでは、まるで、接吻をするようで――
「ェ、S様」
 思はずS様の名を呼びますと、S様は、はつとした様子で、私へと頭を下げるのでした。
「済まない、強いてしまつたね」
「いへ、いへ、違うのです、S様。驚ひてしまつた、ただ、それだけなのです」
 慌てて弁明したものの、S様は手をひらりと振りながら、言ひます。
「いや、良いんだ。君が正しい。私達の関係と云ふのは、心を通わせることが肝要なのだから」
 この少しばかりの事件を最後に、その日は別れたのですが、私はと云へば、胸の高鳴りがなかなかに止まず、だうして水を差してしまつたのだらうと、後悔をして居りました。
 家へと帰つてからも、もし、私が声を上げなければ、どうなつてゐたのだらうと、想像しては、枕に顔を埋めることを繰り返しておりました。

■告白

 翌日になり、S様は、改めて私に謝りながらも、心境を語られました。
「昨日、君が云ったように、いま私達が暮らす社会というものは、とても脆く、いつ引き裂かれてしまうかも判らない。そうでなくとも、女学校から卒業すると共に、家の意向によって、それぞれ嫁ぐだろう。夫婦となることは、生物においても、社会においても、正しいことだと思ふ」
 S様もまた、私と同様に、不安を抱かれていたのです。それを、エスの年少であることを楯に、明け透けに語った自分が、浅ましく、恥ずかしくさえ感ぜられました。
 私達は姉妹ですが、いへ、姉妹だからこそ、どちらかの肩にもたれかかるのではなく、支え合ひながら歩むべきだつたのです。
 S様の言葉は続き、私の耳朶を打ちます。
「しかし、私は、君と過ごす今が、楽しく、かけがえがなく、永遠であってほしいとさえ思ふ。他の何者にも、私と君との関係を邪魔させたくはない。昨日は驚かせてしまつたけれど……この気持ちに、偽るところはないんだ」
 私の瞳を射抜きながら、真摯に語るS様の表情に、嘘偽りがないことは、疑うべくもありません。
 それに、私もまた、本心としては、S様との深い関係を望んでおりますから、自責の念を抱えておられるS様を前に、いけないとは思ひながらも、嬉しく感じてしまうのでありました。

■逢瀬の在り方

 以後も、私とS様との、エスの関係は続いていきました。しかしながら、共有した不安の大きさに、日々の触れ合いもどこか空々しく、一時的な効力を発揮するに留まるようになつてしまひました。
 逢瀬の多くは図書館で行われますから、不安を払拭する方法を探すべく、手分けをして探すようになるのは、自然な流れであると言へました。
 木々に残る葉もなく、雪も降ろうかという頃に、私達エスの二人は、共により長く在り続ける方法へと辿り着きました。
 どのように生きるにせよ、私やS様を取り巻く世界と云ふものは、この上なく不安定で、何を保証するものでもありません。売られた農家の娘のように、いつ、異なる境遇へと置かれるものか、予想もできないのです。
 それに対して、書物の中に、あるいは私達の学びや、生活のなかに、保証されうるものが御座います。それが、死後の世界、で御座いました。
 自らを殺す者は、地獄へ落つると云います。さう、私達が同時に、自らを殺したならば、死後の世界において、あるいは転じた生において、永く共に在れるはずなのです。
 私達は日取りを決めて、往く日へと向けて、少しずつ準備を進めていきました。いきなりに死を迎えては、親族や友人も驚き、悲しみますから、姉妹の死が絶望ではなく、むしろ希望によるものであると、伝えられなければなりません。
 ですから、会話であったり、手紙であったり、様々な伝達の手段を用ひて、それとわかるよう、しかしさりげなく、示唆をして参りました。今となっては、私が記しておりますこの手記も、さう云った手段の一つであります。

■出立の朝に

 かうして、私達が往く日を迎えたので御座います。冷気が鋭く、ほのかに細雪も降る、綺麗な朝となりました。
 これから、私とS様は、川へと向かひ、歩いていきます。この手記を川へと持っていっては、読む者がいなくなってしまうおそれがありますから、手記は、ここへと残して往こうと思ひます。
 最後に、あくまで私の想像に基づくものでは御座いますが、私とS様が迎える未来について書き記し、終いとしたいと思ひます。

■入水心中

 太陽が地平より顔を見せる頃、私とS様とは、女学校の前で待ち合わせて、お会いします。およそ一年の、長いようで短い期間を過ごした校舎に、別れを告げるためです。
 校舎を後にすると、私達は野道を往きます。霜が降りた草木を眺めて、ときには、さく、さくと踏みしめながら、冬の訪れを喜びます。路端では、もしかしたら、水仙や福寿草が咲いているのが見られるかもしれません。
 さうした行き着いた川で、私達は、手を繋ぎ、一歩一歩、流水へと身を沈めて参ります。
 冬の川は冷たく、少しばかり痛くさえ感じますが、手を繋いでいるからか、不思議と、寒いとは感じないのです。
 歩を進めていくと、いずれ、水は顔にまで及びます。耳を打つ水音で、互いの声を満足に聞くこともできませんし、川の流れは力強く、私達が繋いだ手を、引き離すでせう。
 しかし、恐れることなどありません。私とS様はまた、お会いするのですから。水中のため声は伝わらないものの、声がなくとも伝わると、接吻という形よりも深い繋がりがあるものと確信して、このやうに、口にするので御座います。
「また、お目にかかれる日まで」

■水底にて

 果てには、大いなる川の、いえ、海とも知れない、広く暗い水の底。私達エスの二人は、水中を穏やかにたゆたいながら、再会いたします。
 そして、遥かに遠ざかった天を仰ぎ見ながら、遊泳し、海へと溶け合うようにして、心を通わせていくのです。
 願わくば、この出会いが、永遠と成りますやうに。