もちもちお正月

「はあ」
ワタシは正月が嫌いだ。
別にお年玉の額に不満があるわけじゃないし、新年を迎えるのはめでたいことだと思う。
それでもワタシは正月が嫌い。
「柑奈。餅屋の娘がため息なんて吐くんじゃないの」
「なにそれ関係ないじゃん、ほっといてよ!」
お母は、ワタシのほっぺたを餅みたいに膨らますのだけは得意なんだ。
頼まれて店番してあげてるワタシが、なんで小言を言われなきゃいけないの。
だいたい、自分はお客さんと店先で喋ってばかりいるくせに……こういうとこばっかチェックしてるんだから。
なんで餅屋だったらため息しちゃだめなの、わけわかんない。
「はあぁー」
抵抗してやりたくて、これ見よがしに一際大きなため息を吐いてやるけれど、
「うちの子はほんとにもう……最近ずっとこうよ。本格的に反抗期ってやつかしらね」
「柑奈ちゃんは今中二でしょう? うちの坊主も中学に上がった頃から酷くてねぇ~」
お母たちのお喋りにネタを提供するだけで終わってしまった。
もやもやのやり場がない……。
どうして新年早々お店の手伝いをさせられて、こんな気持ちにならなきゃいけないんだろ。すっかりやる気を無くしたワタシは売り物の並んだショーケースの天板に頬を押し付けてふてくされる。怒られたって知るもんか。
だいたいワタシはうんざりしてるんだ。餅屋に生まれたからって昔から餅ばっかり食べさせられて。何かあるたび餅、餅、餅ってさ。それだけでも嫌なのに、中学に上がったらお店の手伝いまでさせられて。今日なんて一月一日だよ!? おじいちゃんが「正月っつったら餅屋は店開けてなんぼだろ!」なんて張り切るまでは勝手だけど、ワタシまで巻き込むのはありえなくない? それに朝ご飯からちゃぶ台には餅尽くしだし、そもそも大晦日に食べたの、年越しそばじゃなくて年越しもちとか、もうわけわかんないし!
ワタシはショーケースの中で丸くなっているそれをじろりと睨んだ。
「あーあー。ワタシも景子(けいこ)ちゃんたちと初詣行きたかったのに」
「店番が終わってから誘えばいいじゃない」
「みんな午前のうちに行っちゃってるよ!」
せっかくの誘いを断ってまで店番してるのに、当のお母はずーっとお喋り。そんなの、店番ついでにやればいいと思わない? ワタシがいる意味全然ないじゃん。
元旦は昼頃まで忙しくなるから、って言われてた通り確かにお客さんは押し寄せるけれど、それだってほとんどは見慣れた商店街の人ばっかりだし。みんな新年の挨拶にかこつけて立ち話してるだけ。
「ワタシばっか餅に振り回されてバカみたいじゃん……餅なんて大っ嫌い……だいたいお母はいつもいつも……」
「――もしもーし、店番さん」
ぶつくさ文句を垂れていたら気付くのが遅れてしまった。ショーケースの向こう側に、ワタシと同い年くらいの女の子が立っている。

 この子知ってる、ウチの常連さんだ。いつも一人でやって来ては、一つ二つ餅を見繕ってほくほくした顔で帰っていく。きっと、自分で食べる用なんだろうな。ウチの餅をありがたがる気持ちは分からないけれど。
 ワタシの中学じゃ見たことないから、たぶん私立の方に通ってるんだと思う。髪も声も性格もふわふわしてるって印象の女の子。
「あっ、いらっしゃい!」
「豆大福と草餅をそれぞれ一つ……」
 常連の女の子は慣れた感じでショーケースの中身を指差したかと思うと、ワタシの方を見ながら少しだけ悩んで、
「ううん、やっぱり二個ずつ、くださいな」
 そう注文した。
 全部一人で食べるつもりかな……頭の中で、新しく食いしん坊の印象を追加させながら餅を取り出す。すると女の子はこっちに身を乗り出してワタシに話しかけてきた。
「おもち屋さんなのに、おもちが嫌いなの?」
 完全にさっきの一人言、聞かれてるじゃん。
 自分の顔が急速に赤くなるのを感じながら、反射のような勢いで否定する。
「ワタシ餅屋じゃないし! 好きでやってるように見える!?
「ううん、ぜんぜん」
 カリカリしてるワタシと裏腹に、こっちをじっと見つめてにこにこ顔の女の子。相手にするの、アホらしいな……。
 ワタシは顔を逸らす口実とばかりに黙々と餅を取り出していく。そうしてせっせと働く間に、女の子は勝手にショーケース脇を通ってワタシの隣までやって来てしまった。
 思わず不満げに凝視するワタシを気にも留めず、女の子はひそひそ声で言うのだった。
「ね、抜け出しちゃえば?」
 何を言ってんだこの常連は。
「後で怒られるからダメに決まってんじゃん!」
 却下はきっぱりと、けれどつられて声を潜めるワタシ。そんなことをしたら、帰って来た時に何を言われるか分かったもんじゃない。
 そう思っていたんだけれど。
「そうかなあ。お手伝いしても怒られても嫌なんだから、どうせなら楽しまないともったいなくない?」
 女の子がなおも続けるのを聞いていたら、
「…………それもそうかも」
 なんか、あれ、そんな気がしてきた。言われて初めて考えたけど、すごい損してる気分になってきたぞ。
 でもなぁ、さすがになぁ……そんな踏ん切りのつかない心を強引に引っ張り出したのは、女の子の小さな両手。
「じゃあ、決まり!」
「あ、ちょっと!」
 行こうなんて言ってないのにぐいぐい腕を引いて、女の子はワタシを連れ出そうとする。
 だけど、なんだろう。不思議と抵抗しなきゃって気持ちはほんの数秒で消えて。いつの間にかワタシは自分の足で外を目指している。なんか、素直に手を引かれている方が気持ちがすっとした。我ながら単純だけどさ。
「ちょっと柑奈! どこ行くの!」
「知ーらない!」
 もちろんお母は立ち話を中断して咎めてくるけれど、そんなの全然気にならない。手を繋いで二人で、走って、走って、寒空の下へ。
「店番はどうするの」
 しつこいお母に、振り返ったワタシはとびきり笑顔で叫んだ。
「べーー、だ!!」
 そして駆け出す。元日昼前の商店街は右も左もシャッターが下りてて、静かで澄んで、妙なわくわくをくれた。
「あははっ抜け出しちゃった! 店の前掛けしたままで! 外寒いっ、寒すぎ!」
 浮ついたワタシの気持ちが声になって飛び出していく。
 言ってやった。心のもやもや、全部吹っ飛んでったんじゃないかってくらい胸がすっとして、体もなんだか羽が生えたみたい。
「でもどうしよう、これから。なんにも決めてないや!」
 駆け回った足を止めた後もじっとしてられなくて、腕を広げてくるくる回って。  そんなワタシに合わせるみたいに声を弾ませて女の子は答えてくれた。
「何したっていいよ! 好きなことしよう、好きなだけ!」
 自由だな。ちょっと羨ましいくらい。そんな子だったからこうして連れ出されちゃったんだろう。
 だって今まで考えもしなかった。こんな風にできちゃうんだって知らなかった。ただぶーぶー文句を言いながら従ってた。
 ワタシ一人だけじゃ絶対に選べなかったこと。それを与えてくれたのが、まさかウチの常連さんだなんて。
「お客さんって、変なヤツだね!」
 ワタシが笑うと、女の子も「よく言われる」って笑ってくれた。友達になりたいなって思った。
「ねえ、名前教えて」
望月もちづき彩姫あやめ。あやって呼んでよ、柑奈ちゃん」
ワタシはにっこり笑うと、お言葉に甘えて言い直した。
「あやってほんと、変なヤツ!」

 ◇ ◇ ◇

どうしてワタシを連れ出したのかワケを聞いた時、あやとこんなやりとりをしたことを覚えてる。
「私の親ね、昔っから勉強勉強ってうるさいんだ。将来のために良い中学、良い高校、遊ぶ暇があるなら参考書を開け、って口を開けばいつも言うの。だから本当にうんざりしてて」
「うっわぁ、ヤな親だな」
「柑奈ちゃんて遠慮ないよね」
「ごめんごめん」
「あはは。その方が分かりやすいし面白いよ。――それでね、思ったの。そこまで言うなら分かったよ、勉強しまくってやる! って」
「うそ、しちゃうの勉強、逆に!?
「そう。うんと勉強して、この町からうんと離れた高校を受験して、それで一人暮らししてやろう! って。良いとこ入ったんだから文句なんか言わせないぞ、ってね」
「あや、突き抜けてるっていうか……すごいね。パワフルだ。見た目じゃ想像つかないなぁ」
「褒められた感じしないけどありがと! 私がそんなだからかな。窮屈そうな柑奈ちゃん見てたらなんか放っておけなかったっていうか、そんな感じだよ、きっと」
あやは雰囲気に似合わず大胆な女の子で、その行動的な生き方にはずっと助けられっぱなしなんだ。
ワタシがあやにあげられたものなんて、今思い出しても笑っちゃうよ。
「じゃあ、ワタシが遊び方を教えたげる!」
言いながらワタシ、バカ丸出しの自信満々顔してたんだろうなぁ。
「かわりに勉強を教えて。乗った。今決めた。ワタシもあやと同じ高校に行く!」
同じ思い切りの良さでも、あやとは正反対で頭が悪いだけのそれを、あやは最初ぽかんとした顔で聞いて、それから発作みたいに笑っていた。
「大丈夫ー? 結構偏差値高いよ?」
「平気平気! さあ、そうと決まれば初詣だー!」
「おやおや、さっそく神頼み?」
「うるさいなーっ」

……この後二人で行った初詣でお願いしたこと、ほんとに大変なことばかりだったけれど、実はちゃんと叶ったんだよ。
なんとワタシたち、大学まで一緒。あやの学力にしがみついてくのは今でも苦労するけれど、幸いなんとかやれてる。
そんなことより、最近じゃまた別の悩みがあって。
これは一番の親友のワタシだけが知ってることなんだけど、あや、秋頃に初めての彼氏が出来たみたいで。いつでも傍にいたワタシはちょっぴり寂しい今日この頃だ。
まぁ、あのあやが「手を繋ぐだけで精一杯で~」なんて泣きついてくる日が来るなんて思ってなかったから、そこは楽しませて貰ってるけれど。
そんな風にあやとワタシ、毎日色んなことがあって、そしてまた新しい年がやってくる。
五年前は大嫌いだったもちもち尽くしなお正月。今じゃそんなに悪くないって思えるから、ワタシは久しぶりに故郷の土を踏む。
あの日一緒のこたつで、おしくらまんじゅうなんてしながら食べたお餅の味を思い返しながら。