好ましい人と美しさ

一時的に好きであるとか、条件付きで好きであるとか、
時と場合によって好ましい働きをする人はいますが、
どんなときでも好きな人というのはどのような人かと考えると、
やはり自分にはないものを持っていて、尊敬できる人なのだと思います。

そうなると、尊敬できる点がない人は好まれないという一面と同様に、
他人を尊敬できない人は好むことができないということが言えます。

私はかなりそういった不敬の性質を持っているようで、
遠くにあるものは素直に尊敬できますが、近づくにつれ
なんだかあんまり大したことないな、と考えてしまいます。

大きな要因として、理想を追い求める、理想が高いというのが一つ。
さらに自身の力量を低めに見積もっているのが一つ。
自分の手が届くのなら、あまり大したことがないのだなぁと。

ただ、創作などの分野では、明らかに自分とは違っていて
真似できないものを見せつけられる分、かなり素直に感心できます。

やはり投じてきた時間による成果というか、全身全霊で編まれた
自分にできないものを見られるというのは、素敵なことです。

欠けたものが満たされるような心地。
これを表す尺度を美しいと呼ぶのだと思います。
成果物だけではなく人間もまた、清濁併せ持った結果、
それでも美点が勝り尊敬できる人こそが、好ましい人間であるのだと思います。


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書いた人: 久世うりう (kuzeuriu)
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